そして
 明日も
  戦争が
   始まる











前方に鬼気迫ったイシュヴァールの集団が武器を手に突進してくる。重火器はわずかで百年前の戦争を思わせた。
見れば中には女も、まだ幼さの残る少年も居て己の視力の良さを呪う。誇りの為に闘うのは老若男女関係ないという事か。
自分は一人、後方部隊とは離れて彼らを迎え撃つ。
周りは殺風景で砂しかない。私一人に向かって真っ直ぐ数百の集団が向かってくる様は端から見ると少し滑稽に映るだろう。
もう十分引き付けた、指揮者のような優雅な手付きで攻撃の合図をする。
「根絶やしにしろ」
上官の声が頭に響いた。

パキンッ

拍子抜けする程、頼りない音に対し加減が分からぬまま放った炎は砂漠に垂直に燃え上がり巨大な火柱となった。
メラメラと空へ天へ昇る姿は、まるで昔本で読んだ不死鳥のようだ。
ひとしきり周りのものを燃やし尽くした焔は風に身を任せ何事もなかったかのように姿を曖昧にして消えた。
前方からも後方からも、どよめきが上がる。
彼らの目に怯えが滲んだ。いや、あれは化物を見る目か。
「構わん、続けろ。焔の錬金術師」
上官は上擦った声で命令を下す。新しい兵器を手に入れたのが余程嬉しいのだろう。
とにかく攻撃を、と後ろからしきりに喚いている。忠実に命令に従いながら、何故かヒューズを思い出した。
恐らく後方部隊の何処かに居て、変わり果てた私の姿に落胆しているかもしれない。
他の者と同じように、化物を見る目をしているかもしれない。
マッチやライター代わりにされていた私の炎が今では人を燃やしているのだ。
昔から悪態を付きながら煙草に火を付けてやると、子供のように、はしゃいで嬉しそうに笑ってくれた。
あの些細だけれど暖かく優しい炎は、もう、ない。










世界の終わりのような夕陽。燃えるような色は綺麗なんてもんじゃない、凄まじい。
私が作った焼け野が原を真っ赤に染め上げている。
「ここにいたのか、ロイ」
圧勝だった。
あっという間に予定していた第8区を制圧し、調子に乗った上官は、そのまま私を第9区、第10区に向かわせた。
規模にして街二つ半の殲滅。
「…ヒューズか。見てみろ、あの夕陽。まるで血を吸ったみたいに赤い」
遠目からでもイシュヴァール人の赤い瞳は確認出来た。
何百ものそれらが憎悪を孕ませて刺すように私を見ていた、夕陽でそれを思い出す。
「俺も、ここにいる奴全て共犯だ、卑屈になるな」
運良く後方から敵に攻められる事はなく、今回歩兵達は一切銃を使わなかった。勿論、ヒューズも。
私一人で、あの集落のイシュヴァール人を上官の命令通り根絶やしにした。
「なぁ、ヒューズ。一つ…やっと解った事がある」
誰よりも近くで人が燃えるのを見た。
酷い匂いだった、けれど鼻はそれ程、時間を置かぬうちに麻痺して何も感じなくなっていた。
「何だよ」
街二つ半潰しただけはある、手加減を覚えた。
「国家錬金術師の二つ名の由来。私の銘は『焔』
 これは、業の名だ」
一瞬の沈黙のあと、こちらから自嘲気味に笑いかけると彼は痛ましいものを見るように顔を顰めた。
化物扱いされるより幾分マシだった。
「…ロイ、上の奴らが呼んでるんだ…」
そう言われ、急に全身が重くなる。
「あぁ、そうだったのか。分かった、すぐに行こう」
それに気付かれないように、努めて軽い口調でスキップをする勢いで上官の元へ向かった。





それから、夜中までかかって、また一つの集落を潰した。





膝が折れそうになるのを苦労して耐え、ようやくテントに戻って来る。腕が震えて上手く捲れない。
構わず指先だけでも引っ掛かって、そこが何とか開かないかと苦労していたら、ささやかなランプの光を携えたヒューズが、内側から顔を出した。起きて待っていたのだろうか。
礼を言おうにも上手く言葉が紡げずに、ただ荒い息をつくばかりの自分に彼は驚いたようだった。
そっと背中を押され中へと入り、促されるまま座り込む。全身が震えて、呼吸がままならない。その状態が、どれ程続いただろう。
隣に座って、こちらを窺っていたヒューズが、いつの間にか目の前に立ち自分に頭を凭れさせるように後頭部と背中に手を回す。

そして、やけに穏やかな声音で淡々と語り始めた。

「…狂って、狂っちまうかもしれねぇな。何も感じないふりして、沢山の人間を焼き殺して。
 化物だの人間兵器だの言われて苦しいよなぁ、何より哀しいんだろうなぁ。
 あの頃、二人で抱いてた夢はこんなんじゃなかったもんなぁ。
 こんなんが、ずっと続いたら、お前さん、おかしくなっちまうだろうな。
 けれど、ま、大丈夫だ。心配すんな。何も怖がらないでいい。その時が来たら、俺がお偉いさんに頼んでやるよ。
 人里離れた所に配属して貰おう。北の辺境がいいな。あそこは雪が深くて人も、なかなか入ってこれないと聞くから。
 例えお前が狂ってしまっても、俺はお前を恐れない。
 失うものがあるかもしれないって思うから怖いかもしんねぇけど大丈夫だ。
 …安心して狂っていい」

何が大丈夫だ、ならば俺とお前がしてきた事は何だったんだ。単に時間の浪費だっというのか、理想は現実に打ちのめされるのか。
考えるべきは沢山あった。人を殺す恐怖よりも、守ってきたものを守れなくなる恐怖。道を改めるつもりも、間違って狂うつもりもない。
なのに、このままで大丈夫だなんて言われて、未だ震えが止まらない体をしっかり抱きとめられて、その存在の大きさに心底安心した。
強張っていた体から力が抜けていく、体がトロトロ溶けて流れ出すような錯覚を覚えた。
実際流れ出していた、涙が。



私は、沢山のものを理由にして年甲斐もなく声を上げて、泣いた。











fin.



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まだ腹くくる前。



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