街の外れにある廃屋でマース・ヒューズを錬成した。
恐らくあの兄弟が錬成したものと大差ないだろう。覚悟はしていたが、やはり人の形をしていなかった。










ゼット










錬成陣の真ん中から「何で…」と責めるような、それでいて諦めのような声が聞こえる。
見ると頭、顔、声帯までは正常のようだったが下半身は崩れ、使い物にならないようだ。
胴体も肋骨が真逆の背に配置され、中の臓器を晒すように開いている。骨の一本一本が羽ばたくように動く。そう、翼のように。
何故飛ぼうとしているのか見当がついた。
私の勝手で、こんな姿で、摂理を曲げ、この世に再度産み落とされた。遥か頭上の神の国へ還ろうとしているのだろう。
不自由な体で、蠢く姿は本当に飛び立ってしまいそうで駆け寄り必死で、しがみつくと彼は腕の中で「馬鹿だな」と体の力を抜いた。
「ロイ」
懐かしい声が鼓膜を刺激して、そのまま頭蓋に響く。体全体で感じる存在は、間違いなくヒューズだった。
眼球が赤く染まった瞳は、それでも、ちゃんとオリーブ色を残して血のような涙をボタボタと私の顔に降らせる。
「痛い…か…?」
恐る恐る頬を包むように触れれば、首を横に振る。

彼を連れて帰ろう、と立ち上がろうとすると這うようにヒューズは私の足に縋り付いた。
ほら見ろ、彼が帰るべきなのは神の元ではない。私の所だ。

あらゆる感覚が麻痺し、ただ彼が帰ってきたという興奮だけが私を突き動かした。
だから、不躾な侵入者にも気付かなかった。
突然、扉が大きな音を立てて開き、視界に何本も足が見えた。もう少し頭を上げると似たような数の銃口が向けられ、身動きを封じられた。
誰も彼も口々に何かを喚いていたが何一つ理解出来ず、他国語なのだろうかとぼんやりと考えた。軍服は間違いなく、我が軍のものなのに。
髪を掴まれ、ヒューズの方に顔を向けられる。
そこで漸く私は自分がした事を知らしめられた。
こちらに来ようと変に曲がった腕を伸ばし、ナメクジのように這った場所に血糊を残して惨めにも近寄って来ようとするヒューズ。
その様子を我々を取り囲んだ軍人達が疎ましい物のように見下ろしている。
私に向いていたライフルの一つが彼に向き、死体を確認するかのように剥き出しの臓器を突っつく。
「やめろ…」
這う腕をブーツに踏まれ身じろぎすると例の肋骨が、また羽のように動く。
「うわ…、こりゃ化物だ」
その一言が、やけに鮮明に聞こえた。

そうだ。どんなにこれがヒューズでも姿かたちは化物だ。
可愛そうなヒューズ、こんな不完全な容れ物に入れられて。

「取り敢えず、化物は研究室送りだな。このキチガイ錬金術師は…」
電波が入ったように彼らが言っている事が頭に入るようになる。私達の処分をどうするか話しているのだろう。
拘束を、ごく小さな炎で焼き、次にカーテンに火を付けた。あっという間に天井に火が広がり軍人達は慌てて部屋を出て行く。
「お、おい誰か消火を!」
「もう良い、どうせどっちも死ぬ。放っておけ!」
「ヒューズ!大丈夫なのか?!」
抱き上げようとするとヒューズが、ゆったり頷く。昔のままの笑顔で、こちらを見るものだから酷く胸が痛んだ。
気付いていた、あの状態で痛みを感じないなんて、それはもう死が近い証拠だ。
痛みは生命の危険信号であり致命的な、あまりに致命的な損傷では必要がないのだ。
「ロイ」
名を呼ばれ、出来損なった手で触れられると、心臓が千切れそうになる。
天井がもう限界に来ていた、腕を引いて部屋を出ようとすると見当違いの方向に力がかかり、体が宙に浮き、窓をぶち破って外へと放り出されてしまった。
「ヒューズ!!」
叫ぶと同時に地響きが轟き家屋が倒壊した。それを炎が包んで空高く黒煙が上がる。

絶叫を上げそうになった瞬間、目の前に大きな扉が現れた。
これを見るのは二度目だ。仰々しい空気を纏い扉が開く。
ヒューズを連れて来た黒い腕が、わらわらと、今度は連れて帰る為に四方に向かって伸びて来て、のっぺらぼうはまた来たね、と笑った。
「全く、お友達を出して仕舞って勝手だな」
黒い腕に掬われるように連れられたヒューズは私が錬成したものとは違い生前のままだった。
それは苦痛に歪む事なく穏やかな顔で眠っている。
このまま、共に再度扉を潜れば完全な人体錬成が可能なんだろうか。
わらわらと黒い腕に紛れて彼に手を伸ばすと
「お前には絶対、やらないよ」とグレイシアの顔をしたのっぺらぼうがヒューズを抱きながら笑った。
「それより、お前は自分の心配をしたらどうだ?」
「…どういう意味だ」
「人体錬成の代価を忘れてないかい?」
ヒューズを錬成したにも関わらず四肢は無事だった。ならば考えられるのは内臓…。
己の腹を探ると、ある筈のものがなかった。体に大きな風穴があって、ごっそり臓器がない。何故、今まで気付かなかったのだろう。
致命的な、あまりに致命的な損傷では。
「あ…あ、あぁぁ…あ」
「人間ってのは面白く出来てるんだな」
「持って、行ったのか…?」
「等価交換だろ?けど運が悪かったな、パーツが悪かった」
足元には血潮が溜り、膝を付くと、ぐしょりと濡れた音を立てた。繋がった先をなくした臓器が戸惑いながら、ぶら下がってる。
迫る死を思って、先に逝ったヒューズを見ると扉が閉まりかけていて
酷い話もあるもんだと、喉の奥で一度笑った。










気が付くと墓石の前に立っていた。
白昼夢…というのが正しいのか、それともくだらない事は考えるなという暗示か。
先程まで、他人の葬儀に参列しているようで、全ての景色が遠かった。
けれど、今、目の前にある墓は間違いなマース・ヒューズのものだ。
何故だろう。遺体の確認もしたし、胸の前で手を組み、棺の中で横たわっている姿も見た。大輪の白百合を、そこに入れたし、棺に土が被せられていくのも見た。
そうだ、彼はどうしようもなく、死という形で終わってしまった。
そんな事実を今更、思い逸らされ途方に暮れる。
「大佐」
余程、長くここにいたのだろう。部下が私を呼びに来る。
「…まったく錬金術師というのは、いやな生き物だな。中尉」
墓に手向けられた花輪が、何度も頭の中で描いた人体の錬成陣と被る。
あとは両の掌を添えれば完璧なのに。
「……大丈夫ですか」
「大丈夫だ」
大丈夫だ。前に進む、のだろうけれど。
その傍らには、彼がいて当然だと思っていたから。





例の錬成陣も彼との未来も、雨と偽った涙で滲み、とうとう見えなくなってしまった。












fin.



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終わりという意味でゼット。



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