戦場 の 迷子









私が指を鳴らし、火柱が上がるのを合図に作戦が開始された。
先頭を切って建物を破壊し、見晴らしを良くして、取りこぼしたイシュヴァール人を歩兵が一人ずつ潰していく。
後方では銃声が絶え間なく聞こえ、その一つ一つが確実に顔も知らぬ誰かの命を奪っている。
しかし、実感が湧かない。最早、作業になってしまった戦争だ。
一番繊細であるべき指先の感覚すら曖昧で、何処か夢見心地で前髪を撫でる爆風を感じる。
世界に一人、そんな気がした。

人間兵器にされたこの体は命令に忠実で、どんなに虚無感に苛まれようと絶対を以ってして町を瓦礫に、人を炭に変えた。
先頭に立つ国家錬金術師を潰して形勢逆転を目論む敵も少なくなく、
足を踏み入れた第17区は特に気性の荒いイシュヴァール人が多いと聞いていた。
案の定、雄叫びが聞こえたと思えば弾丸と刃物が四方八方から飛んでくる。
秀でた攻撃は秀でた防御で絶対となる。纏った焔が熱がそれらを焼き溶かし地面に落とす。
瓦礫に隠れていても分かる、息を呑む気配。一度に全部片付けるには骨が折れると思いながら、攻撃開始の火柱を上げた。
黒煙と火の粉が立ち上るのを見送りながら人が焼けた匂いに顔を顰める。
風の流れを変えてやると目の前に足を負傷した男が転がっていた。
可哀相に即死出来なかったのか。
顔を上げ爆炎を目の当たりにした男は、それで大量殺戮者が私であると分かったのだろう表情もなく、その場に項垂れ、肩を震わせた。
「あははははははははははははははははは!」
突如、戦場には似つかわしくない心底可笑しくて仕方がないと言わんばかりの笑いが上がる。
「はははははははははははははははははは!」
生焼けの足を引き摺ったイシュヴァール人は足元に縋り付き、気が触れたように笑い続ける。
「あぁ、良かった。私はお前が憎くて堪らないが私は殺される側であって、殺す側ではなかった。
 これで、やっと彼女の元へ行ける…っ!
 さぁ、早くその焔で私を焼き殺してくれ!」
男は死ぬというのに、あぁ良かった、やはり神はいらっしゃるのだ、と笑いながら零す。
神などいない、いるなら何故この状況で、この男は救われないのだ。
彼らの言う神の国とは如何なるものなのだろう。
苦痛もなく、穏やかで暖かくて柔らかくて愛した者に囲まれ幸福なのだろうか。
くだらない、死んだら土に還るだけ、死は無でしかない。
己の罪悪に目を逸らさないよう男の目を真っ直ぐ見据え指を弾く。
その刹那、燃え上がった男の緋色の瞳の中に手を広げ慈母のように微笑む女が見えた気がした。



遺体は残らなかった。炭と灰になったそれは砂嵐に紛れて、はらはら空に攫われて行く。
彼女とやらの元に飛んで行けただろうか。
自分が炎を使うと周りは決まって焼け野が原になる。
人の営みも故郷も、数え切れぬ程、こうして更地にして、そして、これからもそれは続くのだろう。
込み上げる感情を抑える為に奥歯を噛み締めれば、ガリっと砂塵と恐らく燃やした人間の命の欠片が音を立てた。



そうして、何処にも行けないであろう自分だけが残った。









fin.



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何か「最終兵器彼女」みたいになりましたな。



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