多くの手続きに終われ、未だに一日の休暇も取れぬまま中央に赴任してきて二週間が経った。
働きずめの自分を見兼ね、束の間の休息と着替えの為と一時帰宅を部下にすすめられ、渋々帰路に着く。
何かに突き動かされるように勤務にあたるが例の事件の有力な情報は得られず、焦燥だけが増すばかりだった。
ゆらゆら揺れる思考を落ち着かせる為、足元に視線を定めて歩いていると妙に明るい外灯に気付く。
視線を上げると電話ボックスが目に入った。
おかしい。確かに、ここに電話ボックスはあったがヒューズが殺害された事もあって現場検証の後、取り壊された筈だ。

ジリリリリリリリリッ

ガス灯に照らし出される箱を恐々と観察していると突如電話が鳴り出す。

ジリリリリリリリリッ

周りを見渡しても自分以外に人はおらず、出るべきなのか考えている間も音は止まらない。

ジリリリリリリリリッ

けたたましく鳴るベルはどこか、構われたがりの彼を思わせ、誘われるように扉を開け受話器を取った。
…もしもし?
名乗るべきか悩んだが、イキナリ国軍大佐が出ても相手を驚かせるだけだと思い、応答のみに留める。
回線の不良か辛うじて声と取れる雑音が聞こえ、相手が誰か認識していないのに何故か鼓動が高鳴った。
「何だよ、接続悪ぃなぁ!聞こえるかー?ロイー?」
「―――…っ!?」
痛いぐらいに心臓が跳ねる。
これは。
この声は。










回線繋ぎの亡霊










「中尉、一つ聞くがヒューズの殺害現場である電話ボックスは、今はどうなっている?」
「取り壊されましたよ?あのような事になってしまって利用する人もいないでしょうからね。
 …でも何故です?」
あのような事、で顔を顰めた為か、彼女が少し申し訳なさそうな顔をして聞く。
「いや、なら良いんだ」
昨夜は、あまりの事に動転して半ば突き飛ばすように受話器を置いた。
それから少し様子を伺っていたが、その夜、電話が鳴る事はなかった。
夢か空耳かだろうと思おうにも昨夜、鼓膜に飛び込んで来た声が酷く鮮明 で気持ちが揺らぐ。
しかし今朝、同じ場所を訪れた時に電話ボックスなどなかった。今も確かに中尉に確認を取った。
ヒューズの声に比べ、電話ボックスの残像は不明瞭で。
…疲れているのかもしれない。
自嘲気味に鼻で笑い、コーヒーを呷ると考える事を放棄すると決め、小休止を入れていた仕事を再開する。
元々、研究者である錬金術師だ。一度集中してしまえば仕事の進みは早い。中尉は何も言わずフォローに回ってくれた。
ヒューズの名前を出したから気を使ってくれているのだろう。
気の利く有能な、優しい部下だ。
そうして気が付けば日が落ち、今まで溜まっていた仕事が一段落着く。休日を与えられない代わりに部下達は早く帰らせた。
一人の執務室に沈黙が落ち、無意識に机に備え付けられた電話を撫でる。 このままでは、また下らない事を考えそうだった。
帰ろう、そして眠ってしまおう。
しかし、自分の目で真実を確かめなくては納得出来ないと未練があるように足は電話ボックスのあった場所に向かっていた。
外灯に照らされるそこに昨日の幻覚はない。詰めていた息を、ゆっくりと吐き出す。落胆よりも安堵の方が上回ったのだ。
迷いなく踵を返すと軍靴がカツンと鳴った。

ジリリリリリリリリッ

そこに電話ボックスがあった。











「でさ、あ?聞いてるか?」
「あぁ、聞いてる」
電話ボックスが出現するようになって三日目、早くも順応している自分が滑稽だ。夢か空耳か、考えるのも馬鹿らしくなった。
昨夜再び電話を取ると、相手はやはりヒューズだった。そして今日も。
いずれにせよ、ヒューズから電話はかかってくるのだ。緩く電話に凭れ、長電話に備える。
電話ボックスは夜にしか現れない。
また、こちらから電話する事は出来ず、出来たところで何処にかければいいのか実際見当もつかない。
話題は気が抜けるほど、生前と変わらない。家族自慢ばかり。
あらゆる疑問からくる動揺を悟られないよう努めて平然を装いながら、けれど一言も聞き逃さぬよう耳に全神経を注ぐ。
目を閉じれば疲れた心身に沁みる声。

お前が亡霊だとしても良いよ、その声が聴けるなら。

「もうすぐ、エリシアちゃんも三歳になるしなー。誕生日プレゼントは何が良いと思う?」
「三歳…?」
不意に疑問が湧いた。
「ときにヒューズ、今日は何日だったかな」
「何言ってんだよ、今日は…」
告げられた日付は彼が殺される五日前、今から約一ヶ月前だった。









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